技術戦略マネジメント(技術開発戦略の立案・技術開発計画)
ストラテジ系 / 経営戦略
この単元の範囲
基本情報技術者試験のシラバスは、大分類8「経営戦略」の中に中分類20として「技術戦略マネジメント」を置いている。これは「企業がどの技術に投資し、どうやってそれを事業の利益に結びつけるか」という、技術と経営をつなぐマネジメント領域である。シラバスはこの中分類を「1. 技術開発戦略の立案」と「2. 技術開発計画」の2つの小分類で構成しており、前者は「何の技術に、なぜ取り組むか」という方針決定を、後者は「その方針をどう実行計画に落とし込むか」を扱う。エンジニア個人の技術力の話ではなく、組織として技術をどうマネジメントするかという視点で読むのがポイントである。
1. 技術開発戦略の立案
1-1 技術開発戦略の目的と考え方
技術そのものは、それ単体では利益を生まない。技術を事業や経営の成果に結びつける活動・考え方をMOT(Management of Technology:技術経営)と呼ぶ。MOTは「良い技術を作ること」ではなく「技術をどう事業化し、収益に変えるか」に主眼を置く点が特徴である。
自社だけで研究開発を完結させるのではなく、社外の技術・アイデア・人材を積極的に取り込んで新しい価値を生み出す考え方をオープンイノベーションという。例えば、大手メーカーがスタートアップと共同で新製品を開発したり、他社の特許技術をライセンス導入したりする動きがこれにあたる。オープンイノベーションを進める資金的な受け皿として、事業会社自身が出資者となってベンチャー企業に投資するCVC(Corporate Venture Capital)や、独立した投資会社であるVC(Venture Capital)が存在する。
一方、既存の優良企業ほど、現在の主力事業や既存顧客の要求に最適化しすぎるあまり、破壊的な新技術への対応に遅れて市場での地位を失ってしまうことがある。この現象をイノベーションのジレンマと呼ぶ。優良企業が「今の顧客の声を丁寧に聞く」という合理的な経営判断を積み重ねた結果として起きる、という逆説的な構造が試験でも問われやすいポイントである。
新規事業や新製品の立ち上げにおいては、最初から完成度の高い製品を作り込むのではなく、必要最小限の機能を持つ試作品(MVP:Minimum Viable Product)を素早く市場に投入し、顧客の反応を見ながら仮説検証を繰り返して事業を洗練させていく手法であるリーンスタートアップが広く採用されている。また、複数の企業が公開されたAPI(Application Programming Interface)を通じてサービスを連携させ、単独では実現できない経済圏を作り出す仕組みをAPIエコノミーと呼ぶ。決済サービスと家計簿アプリが連携する例などがイメージしやすい。研究開発活動そのものを指す一般的な用語としてはR&D(Research and Development)がある。
1-2 価値創出の三要素
技術を事業として成立させるプロセスは、①技術・製品として価値を作り出すValue Creation(価値創造)、②その価値を市場に届けるValue Delivery(価値実現)、③届けた価値を実際の利益に変えるValue Capture(価値利益化)という3つの要素・段階に分けて理解される。シラバスはこの3段階の「間」に立ちはだかる障壁を、それぞれ比喩的な名称で説明している。
- 魔の川(Devil River):基礎研究の成果を、実際に使える製品開発の段階に進められるかどうかの壁。研究段階から開発段階への移行の難しさを表す。
- 死の谷(Valley of Death):開発した製品を事業化するための資金・人材・体制が確保できず、事業化に進めないまま計画が頓挫してしまう壁。特に、技術的には優れていても投資を集められず消えていく製品・技術が多いことで知られる。
- ダーウィンの海(Darwinian Sea):事業化にこぎつけたあとも、既存製品や競合他社との厳しい競争にさらされ、生き残れるかどうかが試される壁。生物の進化論になぞらえて、市場という「海」での淘汰を表現している。
- キャズム:革新的な製品が、新しいもの好きの初期採用者(アーリーアダプター)には受け入れられても、実利を重視する多数派の一般顧客(アーリーマジョリティ)に届く手前で急に売れなくなる溝(谷)のこと。この溝を越えられるかどうかが製品の普及を左右する。
これら4つの概念は、いずれも「技術やアイデアが世に出て利益を生むまでには、段階ごとに異なる種類の障壁がある」という共通のテーマを異なる角度から説明したものとして整理して覚えるとよい。
1-3 技術開発戦略の立案
自社が競合他社に対して優位性を持つ、事業の核となる独自技術のことをコア技術という。コア技術をどう獲得し、育てるかが技術開発戦略立案の中心テーマになる。研究の進め方には、自社内で完結する技術研究のほか、外部の専門機関に研究を任せる委託研究、複数の組織が対等な立場で協力して行う共同研究がある。
技術やアイデアを実際の製品・サービスに落とし込む過程では、利用者の視点から発想する手法が重視される。架空の代表的な利用者像を具体的に設定し、その人物のニーズに沿って製品を設計するペルソナ法や、利用者の課題に共感するところから発想を広げていくデザイン思考がその代表例である。
新しい技術やアイデアの実現可能性を検証する手法としては、技術的に実現できるかを試作レベルで確認するPoC(Proof of Concept:概念実証)と、その技術が顧客や市場にとって価値を持つかを検証するPoV(Proof Of Value:価値実証)がある。PoCで「作れるか」を、PoVで「価値があるか」を確かめる、という役割の違いを区別して覚えておきたい。
自社に不足する技術を外部から取り込む活動として、他社の技術を買い取る技術獲得、自社の技術を他社に使わせる技術供与、複数企業が技術面で協力関係を結ぶ技術提携がある。また、大学・企業・官公庁が連携して研究開発や実用化を進める産学官連携も、外部リソースを活用した技術開発の重要な形態である。自社技術を業界標準として広めることで市場での優位性を確保する標準化戦略、短期間で集中的に新しいアイデアを出し合うアイディアソンや、実際にプログラムを作りながらアイデアを形にするハッカソンも、技術開発戦略を立案・具体化する手段として位置づけられている。
2. 技術開発計画
2-1 技術開発計画
技術開発戦略で定めた方針を、実行可能な具体的計画に落とし込んだものが技術開発計画である。経営戦略や技術開発戦略に基づいて作成され、どの技術にいつ・どれだけの資源を投じるかを定める。主な構成要素として、研究開発への投資額と時期を定める技術開発投資計画、研究所や開発拠点の設置・運営に関する技術開発拠点計画、必要な研究者・技術者の採用や育成を計画する人材計画がある。
限られたヒト・モノ・カネ・情報という経営資源を、複数の技術開発テーマにどう振り分けるかという経営資源の最適配分は計画立案の核心であり、投じた資源に対してどれだけの成果が得られるかを示す投資対効果を評価指標として用いる。開発プロセスの面では、設計・製造・品質保証などの各工程を順番に進めるのではなく同時並行で進めることで開発期間を短縮するコンカレントエンジニアリング、量産に入る前に小規模な生産ラインで試作・検証を行うパイロット生産が重要な手法となる。加えて、開発した技術やアイデアを守るための知的財産権管理、そして計画全体の出発点となる市場ニーズの把握も欠かせない要素である。
2-2 技術開発のロードマップ
技術開発計画をより長期的な時間軸で可視化したものが技術ロードマップである。技術ロードマップは、科学的な裏付けと関係者間の合意(コンセンサス)が取れた技術の将来像を、時系列に沿って図示したものであり、「いつ・どの技術が・どう進化していくか」を組織内で共有するための道具として使われる。
技術ロードマップと関連する概念として、開発した技術がどの製品・サービスに応用されていくかの見通しを示す製品応用ロードマップ、権利化すべき技術をいつ・どのように特許出願していくかを計画する特許取得ロードマップがある。これらのロードマップはいずれも、単独の技術開発計画だけでなく、その前提となる市場ニーズ(顧客や社会がどのような技術・製品を求めているか)を出発点として作成される点が共通している。市場が求める方向性と、自社が保有・開発しようとする技術の方向性を時間軸上ですり合わせることが、ロードマップ作成の本質的な狙いである。
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参考文献
- IPA「基本情報技術者試験シラバス Ver.9.2」大分類8「経営戦略」中分類20「技術戦略マネジメント」: https://www.ipa.go.jp/shiken/syllabus/omgdg50000005kpe-att/syllabus_fe_ver9_2.pdf
本資料は IPA(独立行政法人 情報処理推進機構)が公表する「基本情報技術者試験シラバス Ver.9.2」(大分類8「経営戦略」中分類20「技術戦略マネジメント」、p.90付近)に基づく自作の解説テキストである。
- シラバス本文の用語例・分類構成を参照しつつ、解説文・具体例は本資料著者(nomuraya-dojo)の独自作成である
- 末尾の「オリジナル演習問題」は IPA 過去問を模倣・転記せず、本資料著者が独自に作成したものである
- シラバスそのものの著作権は IPA に帰属する。原文は IPA公式シラバスPDF を参照すること
- 本資料の利用にあたっては、IPAのウェブサイトのご利用についてに従うこと
考えてみよう
既定では正解・不正解の判定はしません。自分のペースで「答えを見る」を。採点してほしい場合だけ「採点してほしい」を押してください。
問1
技術を核とした事業の成功・存続を経営面から捉え、技術をいかに事業化し収益に結びつけるかをマネジメントする考え方はどれか。
ア MOT(Management of Technology)
イ PoC(Proof of Concept)
ウ CVC(Corporate Venture Capital)
エ APIエコノミー
解答:ア
解説: MOT(技術経営)は、技術そのものの優劣ではなく、技術をどのように事業化し利益に変えるかをマネジメントする考え方である。PoCは技術の実現可能性を検証する手法、CVCは事業会社によるベンチャー投資の枠組み、APIエコノミーは複数企業がAPI連携によって経済圏を作る仕組みであり、いずれもMOTの構成要素・関連概念ではあるがMOTそのものの定義ではない。
問2
業界で高い評価を得ている優良企業が、既存顧客の要望に丁寧に応え続けた結果、破壊的な新技術への対応が遅れ、新興企業に市場での地位を奪われてしまう現象を指す用語はどれか。
ア キャズム
イ イノベーションのジレンマ
ウ オープンイノベーション
エ リーンスタートアップ
解答:イ
解説: イノベーションのジレンマは、優良企業が既存顧客の要求に最適化する合理的な経営判断を重ねた結果、かえって破壊的イノベーションへの対応が遅れてしまう逆説的な現象を指す。キャズムは製品普及の過程で生じる需要の谷、オープンイノベーションは社外資源の活用、リーンスタートアップは仮説検証を繰り返す事業開発手法であり、いずれも異なる概念である。
問3
新規事業の立ち上げにおいて、ある新技術が「試作レベルで技術的に実現できること」を確認する検証活動と、「顧客や市場にとって価値があること」を確認する検証活動の組合せとして適切なものはどれか。
ア PoC=技術的実現性の検証、PoV=価値の検証
イ PoV=技術的実現性の検証、PoC=価値の検証
ウ PoCもPoVもどちらも技術的実現性のみを検証する
エ PoCもPoVもどちらも市場価値のみを検証する
解答:ア
解説: PoC(Proof of Concept:概念実証)は技術やアイデアが実現可能かどうかを試作・検証する活動であり、PoV(Proof Of Value:価値実証)はその技術が顧客・市場にとって価値を持つかどうかを検証する活動である。両者は検証する対象(実現可能性か、価値か)が異なる点を区別して押さえておく必要がある。
問4
基礎研究の成果を事業化するまでの過程で直面する障壁のうち、「事業化に必要な資金・人材・体制を確保できず、有望な技術・製品であっても事業化に進めないまま計画が頓挫してしまう」壁を表す用語はどれか。
ア 魔の川
イ 死の谷
ウ ダーウィンの海
エ キャズム
解答:イ
解説: 死の谷(Valley of Death)は、研究開発の成果を事業化しようとする段階で、資金・人材・体制の不足により事業化そのものに進めなくなる壁を指す。魔の川は研究段階から開発段階に進む際の壁、ダーウィンの海は事業化した後の市場競争を生き抜けるかという壁、キャズムは製品普及過程で一般顧客層に届く手前の需要の溝であり、それぞれ生じる段階が異なる。
問5
技術開発計画における「技術ロードマップ」の説明として、最も適切なものはどれか。
ア 過去の技術開発の失敗事例を時系列にまとめた記録である
イ 科学的な裏付けとコンセンサスの取れた技術の将来像を時系列に描いたものである
ウ 特定の製品1つに限定して、その製造工程だけを図示したものである
エ 技術開発とは無関係に、経営陣の人事異動計画を示したものである
解答:イ
解説: 技術ロードマップは、科学的な裏付けと関係者間の合意(コンセンサス)が取れた技術の将来像を時系列に沿って描いたものであり、組織として「いつ・どの技術がどう進化していくか」を共有するために用いられる。過去の失敗記録や人事異動計画ではなく、また特定製品の製造工程図でもない点に注意する。関連する製品応用ロードマップ・特許取得ロードマップも、いずれも市場ニーズを出発点として将来を見通す点で共通している。